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2012/06/27

月4概論

1回生のきまさでございます。

今回自分は「継体天皇と古墳」について調べて参りました。継体天皇は、父は近江の彦主人王(ひこうしのおおきみ)、母は越前の振媛(ふるひめ)だとされております。雄略の専制政治の反動からヤマト政権内が混乱している最中、これまで大和の勢力に押さえつけられていた淀川流域を中心とする勢力によって河内国・樟葉で即位をいたします。しかし、ヤマト政権旧勢力と継体を擁立した勢力との対立から大和入りを果たすのは20年後となります。
さて、継体陵問題として太田茶臼山古墳と今城塚古墳を比較列挙し、どちらが真の継体陵かを考察いたしました。自分の考察結果と致しましては、継体天皇の崩御年や古墳からの出土物、新池遺跡の調査結果や同時代の墳丘規模の比較から、今城塚古墳が真の継体陵であると考えました。
今回の概論の反省と致しまして、『日本書紀』の記述を前提として調べており、この記述に対する批評を怠っておりました。そのため、医療技術の乏しかったであろう古墳時代において81歳も長生きしているという大きな問題を見逃しておりました。今後このようなことのないよう努めさせていただきます。大変申し訳ございませんでした。

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コメント

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日本書紀に関してはこれから気をつけていくことであって、謝ることではないよ!よく出来てたと思うから、今後に期待してます(^o^)
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