--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2015/12/18

金曜5限概論発表

1回生のあんぱんです。今回の概論は「蛇と日本の信仰」で発表しました。

1.はじめに
蛇と人類のつきあいは極めて古く、それは神話からも読み取れる。
中国の天地開闢の神は伏犠・女媧の陰陽神であったが、この二神の姿は人面蛇身の兄妹神であり夫婦でもある。アボリジニに伝わる虹蛇、エインガナは全ての生き物に繋がる紐を持っているとされ、その一つを手放すと、それに付属する種族は死に絶えてしまうという。旧約聖書においてはイブを唆し禁断の果実を食べさせたのは蛇である。このように、世界各民族はいづれも蛇を無視することができなかった。これは日本にも同様のことが言える。
日本の古い社の祭神の起源を探ると伊勢神宮、賀茂、稲荷、諏訪などの大社をはじめ、殆どの場合祖霊としての蛇神に行きつく。今回は蛇を通して日本の信仰、民族について考察していく。


2.蛇の生態
蛇が原始民族によって祖霊として信仰された理由は数多く存在するがその最も基本的な要点は次の三点である。
 四肢がなく細長い形態
↳外形が男根に相似
⇒生命の源としての象徴
 脱皮を繰り返す
↳永遠の生命体
 一撃にして敵を倒す毒の強さ
↳敵を倒す毒の強さ

そのため縄文中期土器には蛇の造型が施されたものがよく見受けられ、特に土偶の頭部にマムシそのものが捲きつけれれているものが出土している。

弥生土器に蛇の造型は見られなくなっていたが信仰対象から外されたわけではない。稲作技術が改良されたことで自然を察する余裕と思考力を活用する機会に恵まれ、むしろ蛇は祖先神としてのその神格を維持しつつ霊力を多様化し拡大させていった。霊力の多様化とは見立ての信仰によるものである。


3.見立ての信仰
蛇を祖霊神としてだけでなく、弥生に入り稲が伝わることによって蛇が害獣であるネズミを退治することにより田の神・蔵の神として信仰された。また、蛇が男根に相似していることから種神・稲の神として信仰された。このように土器限定の枠から信仰は見立てることにより拡大していった。
見立ての種類は多岐にわたる。蛇が山に見立てられたことは三輪山に伝わる伝承や出雲の古社・佐太神社に伝承されるお忌み祭りからも読み取れる。
自然物でも特に植物は多く見立てられ下枝が分枝せず幹が直立、木肌そのものが鱗に近い蒲(び)葵(ろう)はその象徴であった。

3-1 蛇と山
三輪山を神体とする大神(おおみわ)神社の祭神は大物主神である。大物主神は蛇神であると考えられており、水神または雷神としての性格を合わせ持ち稲作豊穣、疫病除け、酒造りなどの神ともされている。三輪山はなだらかな円錐形をしておりとぐろを捲く蛇と非常によく似ている。このことから三輪山は大物主神そのものと見立てられ神の御座します山、神奈備とされている。『古事記』によると


 そこで大國主の命が心憂く思つて仰せられたことは、「わたしはひとりではどのようにしてこの國を作り得ましよう。どの神樣と一緒にわたしはこの國を作りましようか」と仰せられました。この時に海上を照らして寄つて來る神樣があります。その神の仰せられることには、「わたしに對してよくお祭をしたら、わたしが一緒になつて國を作りましよう。そうしなければ國はできにくいでしよう」と仰せられました。そこで大國主の命が申されたことには、「それならどのようにしてお祭を致しましよう」と申されましたら、「わたしを大和の國の青々と取り圍んでいる東の山の上にお祭りなさい」と仰せられました。これは御諸みもろの山においでになる神樣です。


とあり、大国主命が三輪山に祭られているのが記されている。また、『日本書紀』によると大物主神は大国主命の別名とされている。
佐太神社のお忌み祭りは十一月二五日に出雲の浦に海神のお使いの竜蛇が現れ神前に供え祀られる。竜蛇のすがたは尾に佐太神社の神紋である扇を背負い甑立てと呼ばれる円錐形にトグロを捲いた姿である。これは出雲大社に奉納される海蛇も同じ姿であり日本における蛇の正位とされる。山と相似して見えるためであろう。
 


3-2 蛇と樹木
 植物の中でも蒲葵は聖樹と信仰され、天皇即位前の禊祓いのためにこもる仮屋、百子帳は蒲葵の葉で葺かれていた。たが、幹は容易には動かせないため葉が主に神事で使わた。また蒲葵は亜熱帯のヤシ科の植物であるため本土では入手が困難な為、葉の構造が檜や杉の薄板でつくられ檜扇となり紙によって造られ紙扇となった。そのため、熊野那智大社など扇がご神体となるところもある。これらの見立ては言葉にも影響が及ぶ。
 

4.古代語の中の蛇
『古語拾遺』によると、「古語に大蛇を羽羽(ハハ)という」と記してあり、一方『和名抄』には蟒(ウワ)蛇(バミ)を「夜(ヤ)万(マ)加加智(カカチ)」とよんでいる。チは古代語で霊格を表す言葉なのでカカが残る。
 神の古形はカムであり、身の古形はムである。ならば、
蛇(カ)身(ム)→蛇(カ)身(ミ)→神
と推理も可能である。また、鏡も同様のことが言えるのではないだろうか。
蛇目(カガメ)→カガメ→鏡
 古代において蛇は目が光るとされていた。これは瞼がない蛇の生態のためだと考えられる。昔の鏡は舶来品で貴重であり、凸面鏡で背面は二重に縁どられていた。
 宝物としての希少性
 円形で光り輝くもの
 二重の輪で縁取られている
 鏡全体が丸みを帯びていること
これらのような特徴から蛇の目の模造物とされ、三種の神器に挙げられるような霊力を得たものと推測される。


5.まとめ
古代日本人は蛇を通し想像力の柔軟性と逞しさをもって様々な自然の意思と触れ自分達の生活に取り入れていた。それは節操がないと言われつつも様々な宗教に触れ、その根底にある自然と対話する現代の日本人まで続く日本人の哲学のように思われる。

6.参考資料
阿部真司  『蛇神伝承論序説』    伝統と現代社      1981年
荒川紘   『竜の起源』       紀伊国屋書店      1996年
木村紀子  『古層日本語の融合構造』 平凡社         2003年
谷川健一  『蛇 不死と再生の民族』 冨山房インターナショナル2012年
吉野裕子  『蛇 日本の蛇信仰』   株式会社講談社     1999年
吉野裕子  『神々の誕生』      岩波書店        1994年
吉野裕子  『山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰』 人文書院 1989年    


スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。