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2015/08/03

木曜1限概論発表

木曜1限班のヲコトです。
 今回の概論では「ヲコト点」について発表しました。
 ヲコト点とはかつて漢文訓読に使われた符号です。
 発表では、図を使っていたので、わかりづらくなっていますが、よろしくお願いします。

1. はじめに
ヲコト点とはかつて漢文訓読に使用された符号である。現在の漢文訓読には漢字の右下に送り仮名や助詞などの読み添えの語を、左下には「レ」や「一・二」などの返り点を書き込む。このうちヲコト点は読み添えの語を示す符号である。この概論ではヲコト点について述べる。

2. ヲコト点の概要

○ヲコト点とは 
・ヲコト点は、漢字の四隅・内部に「・」や「/」などの符号を使い、形や位置によって、種々の読み方を示したもので、「テ」「ニ」「ハ」などの助詞が多い。また、「コト」「アリ」「トイフハ」などの名詞や動詞、連語を表すものもあり、字音や訓を表すこともあった。
・ヲコト点は単独で用いられたのではなく、万葉仮名や仮名も同時に使用されていた。

○ヲコト点の開始
・ヲコト点は南都の宗派が平安時代極初期に使用し始めた。
・発生当時に加点された、聖語蔵『羅摩伽経』では、符号の数は9個であった。
・ヲコト点が発生する前には仮名で訓読が書き込まれていたが、当時は仮名が発達していなかったため、表記が簡単なヲコト点が使用された。

○ヲコト点の発達
 ・最初期は符号の種類が少なく、表せる文字は少なかった。しかし、天長5年(828年)に加点された、東大寺図書館蔵『成実論』では、50を超えるヲコト点の符号が使用されている。
 ・10世紀前半頃までのヲコト点は、個人的なもので、ヲコト点が相互に一致するものは、少なかった。
 ・しかし、先に挙げた『成実論』と承和8年(841年)大東急記念文庫蔵『大乗広百論釈論』などヲコト点や仮名が一致する資料もあり、加点者の一致や関係が近いことが考えられる。
・それ以降になると、ヲコト点が宗派・学派ごとに固定され始め、次の世代にも伝承されるようになった。
・南都の学僧だけでなく、天台宗が9世紀末、真言宗が10世紀末、博士家が10世紀からヲコト点を使用し始めた。

○ヲコト点の衰退
・12世紀になると、片仮名が発達して、字画が簡略になり、社会的にも共通性が強くなったため、片仮名だけで、訓読を施すことが簡単になった。
 ・そのため、ヲコト点の実用性が減少し、片仮名だけで訓読を施した資料が増えたが、それでも、前代からの伝承によって、ヲコト点も盛んに用いられた。
 ・鎌倉時代に入り、ヲコト点は下火になった。ヲコト点は伝統性の強い法相宗、真言宗などの旧仏教だけに見られた。新興の宗派である、浄土真宗・禅宗などでは、一切用いられなかった。
 ・博士家では伝統性が強く、ヲコト点が長く伝承され、明治初年に及んだ。
  
3. ヲコト点の種類

○ヲコト点の分類
 ・ヲコト点は100種類以上見つかっているが、ヲコト点の四隅の点に注目すると、大きく八種類に分けられ、それぞれ第一群点、第二群点、…第八群点と呼ばれる。また、これらに属さない、特殊点がある。
 ・鎌倉時代以降、「点図集」と呼ばれる、2種類以上のヲコト点の点図を載せ、その符号と読み方を示す本が現れた。その当時に伝わっていた、ヲコト点を載せているため、種類は多くない。諸種の点図集のヲコト点を集計すると、合計26種あり、その内、21種が発見されている。

○特殊点
 ・特殊点はヲコト点の中で、最も早く使用されたヲコト点である。漢字右辺に上から星点(「・」)の符号を、「テ」「ニ」「ハ」と配置する乙類とそれ以外の甲類に分けられる。
 ・特殊点は共にそのままで後世に伝えられることは、なかった。

○第一群点
 ・漢字の四隅に星点の符号を、左下から左上、右上、右下と右回りに「テ」「ヲ」「ニ」「ハ」と配置するヲコト点である。
 ・第二群点を右に90度回転させ、作られた。
 ・「西墓点」、「仁都波迦点」、がある。未発見のものに「甲点図」、「水尾点」、「妙法院点」がある。
 ・9世紀末に天台宗にも伝わり、元慶3年(879年)『華厳経』に加点し、そこには、第一群点が使用されていた。
 ・第一群点で最も用いられたのは、「西墓点」で10世初頭、天台宗園城寺(三井寺)で作られ、園城寺専用のヲコト点となった。

○第二群点
 ・漢字の四隅に星点を左下から右回りに「ヲ」「ニ」「ハ」「テ」と配置するヲコト点。
  「喜多院点」がある。
 ・法相宗を中心に行われた。9世紀初頭に元興寺の明詮大僧都(789-868)によって「喜多院点」が用いられた。
 ・「喜多院点」は一時中絶していたが、10世紀末頃から再び興福寺法相宗で復興し、盛んに用いられた。

○第三群点
 ・星点を漢字の左辺に下から「テ」「ニ」「ハ」を上辺の中央に「ヲ」を配置するヲコト点。
 ・特殊点乙類の「テ」「ニ」「ハ」に影響を受けた。
 ・「東大寺点」、「中院僧正点」、がある。未発見のものに「東南院点」がある。
 ・「東大寺点」は、9世紀末に作られたが、盛行するのは、10世紀半ばからである。初めのうちは、三論宗で用いられていたが、10世紀末以降真言宗にも用いられた。
 ・「中院僧正点」は、10世紀末に興福寺の真興(934-1004)が使用したのが初見で、11世紀半ばに高野山の明算(1054-1101)が使用し、それ以後中院流で専ら用いられた。

○第四群点
 ・星点を漢字の上辺に「テ」「ニ」「ハ」を配置するヲコト点。
 ・第三群点を右に90度回転させ、作られた。
 ・「天仁波流点」、「天爾波留点(別流)」がある。

○第五群点
 ・漢字の四隅の星点を左下から右回りに「テ」「ニ」「ヲ」「ハ」と配置するヲコト点。
  第一群点の「ヲ」と「ニ」を入れ替え、作られた。
 ・「円堂点」、「乙点図」、「香隆寺点」、「池上阿闍梨点」、「遍照寺点」、「浄光房点」、「広隆寺点」、「古紀伝点」、「経伝」、「紀伝」がある。未発見のものに「智證大師点」がある。
 ・第五群点は9世紀末に天台宗延暦寺で作られた。
・「乙点図」が第五群点で最古のもので、後に、仁和寺の宇多法皇(867-931)に伝えられた。宇多法皇の宸翰『周易抄』に「乙点図」が用いられている。
 ・「円堂点」は10世紀末に仁和寺で作られ、11世紀には寛意(1054-1101)等により高野山にも伝えられた。
 ・「古紀伝点」、「経伝」「紀伝」は博士家を中心として、主に漢籍の訓読に用いられたヲコト点である。「ヲコト点」という名称はこのヲコト点の右辺から来ている。
 ・「経伝」は明経道、特に清原家で行われていた。12世紀に入って、作られた。
 ・「紀伝」は紀伝道(文章道)で行われたヲコト点で、鎌倉時代に入って初めて、用いられた。
   
○第六群点
 ・漢字の四隅の星点を左下から右回りに「テ」「ニ」「ハ」「ヲ」と配置するヲコト点。
 ・「叡山点」、「禅林寺点」がある。
   
○第七群点
 ・漢字の四隅の星点を左下から右回りに「ノ」「ス」「カ」「テ」と配置するヲコト点。
 ・「宝幢院点」1種のみである。
 ・「宝幢院点」は11世紀初頭天台宗延暦寺で使用された。初めは、「仁都波迦点」などのヲコト点と併用されていたが、12世紀以降は独占的に用いられるようになった。
   
○第八群点
 ・漢字の四隅の星点を左下から右回りに「リ」「テ」「ニ」「ノ」と配置するヲコト点。
 「順暁和尚点」のみである。

4. まとめ
 ヲコト点は平安時代に始まり、最初は、個人個人でばらばらであったが、後に、学派や宗派ごとに固定され、後の世代に伝承されるようになり、最盛期を迎えた。
 しかし、仮名の代わりに使われた、ヲコト点は仮名が発達したことにより、鎌倉時代になると、表舞台から姿を消した。

5. おわりに
 ヲコト点についてまとめるだけで、歴史に触れることができなかった。また、鎌倉時代以降のヲコト点に述べられなかったのは、反省したい。
 漢文訓読には興味があったのでヲコト点について、理解が深まったのはよしとしたい。

6. 参考文献
沖森卓也他『図解日本の文字』(三省堂、2011)
小林芳規『図説日本の漢字』(大修館書店、1998)
築島裕『平安時代訓點本論考ヲコト點圖假名字體表』(汲古書院、1986)
築島裕『訓點語彙集成 總論・載録文獻一覽』(汲古書院、2009)
吉田金彦他『訓点語辞典』(東京堂出版、2001)

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