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2015/07/30

水曜4限概論発表

こんにちは!3回のマサちゃんです。
今回はシャチと日本の関わりについて調べました。

みなさんはシャチについてどのくらいご存知でしょうか。
最初に述べさせていただきますが、シャチは魚ではありません!

《シャチとは》
シャチ〔鯱、鱐〕英名:killer whale、学名:Orcinus orca
哺乳網クジラ目マイルカ科のハクジラ。世界の海洋に分布。
体長は雄で10m、雌で8mに達する。体重は雄で8t以上。大きい背ビレと白いアイパッチが特徴。
イカ、魚類、海鳥、イルカ、アザラシ、クジラなど、機会さえあれば何でも食べる。
水族館で飼育すると人になれ、芸をよく覚える。

?「シャチ」の語源は?
考察1・「背八千矛(せやちほこ)」が語源
明治の国語辞典『言海』における「志やちほ古」の項目では、
「背八千矛」=背が八千矛=背ビレが大きな矛のようである
と解説している。
考察2・鴟尾の1種である「シャチホコ」が語源
「シャチ」は漢字で「鯱」と表す。この字で「シャチホコ」と読むこともできる。また、この字は中国にはなく日本独特のもの。
江戸時代の百科事典における「鯱」の項目では、動物としてのシャチは鴟尾としてのシャチと同名異物かと述べられており、どの史料にも明確な語源を記してはいない。
鴟尾としてのシャチホコのモデルは、インド神話に登場する怪魚マカラといわれる。中国から日本に獣頭形の鴟尾が伝わる際に、珍しく不思議な海洋生物としてシャチとマカラが結びついたか。

?シャチは捕鯨の対象になったのか?
・臭気があり食料にならない。味がよくない。食べる魚ではない。
・性格が凶暴で、漁師はこれを捕ることができない。人の意のままにならない。
⇒シャチが捕鯨の対象になることはなかった。
ただし、その堅い歯を彫り物にする、またはクジラが獲れない場合は油を取るためにシャチを利用することはあった。

◆日本におけるシャチの記録◆
・713年『壱岐国風土記』鯨伏郷
昔、「鮐鰐(わに)」がクジラを追いかけると、クジラは泳ぎ来て隠れ伏した。
→「鮐鰐=サメ」説が強いが、クジラを追うので有名なのはサメよりもシャチ。サメがクジラを追う話はほぼ無いに等しい。この「鮐鰐」がシャチだとすると、この1文はシャチに関する最古の記事といえる。
・1671年『庖厨備用倭名本草』「竜頭魚」の項
この魚はシャチホコである。
→シャチをはじめとする鯨類を魚扱いする。
→動物としてのシャチ、鴟尾としてのシャチを同一とみなす。
・1692年『本朝食鑑』
クジラが獲れない場合は油を取るためにシャチを利用する。
シャチが数十頭がかりでクジラの頬を衝き、口を開いたところで中に入って舌根を噛み切る。シャチたちはクジラの舌を争い引き、食い尽くして去る。これをシャチキリという。漁師が時々そうやって死んだクジラを獲ることがある。
→江戸時代の食物事典より。シャチは食物そのものより、クジラを襲う生き物として解説される。
・1709年『大和本草』
中国の歴史書『唐会要』には、海にこのような雨を降らす怪魚がいて、これが火災除けになるとしてその像を瓦としたという。
この魚は日本においては伊勢海にいて、よくクジラを追う。
今城門楼閣寺院の棟にある瓦はこの魚である。
魚虎を「シャチホコ」と訓ずるのは誤りで、この字は中国の本草には無い字。
→中国の歴史書における「鴟尾としてのシャチ=海に住む海獣」を前提として述べ、その魚は日本の伊勢湾にいると解説する(鴟尾としてのシャチ=動物としてのシャチ)。
→「鯱」は国字であると指摘。
・1741年『日東魚譜』
サカマタ、又の名をシャチホコ。クロトンボ。タカマツ。
味はよくない。
→シャチの異名を列挙。
・1760年『鯨志』
サカマタは漢語で倒戟という。背中に立て鰭があり、大きく長く尖って後ろに向かっている。戟(矛)を倒す(逆さに)ので倒戟と名付けられた。又はシャチホコと名付く。(日本の城楼の両端に飾られるシャチホコと同名異物か。)
→日本において最初にクジラと魚類を区別した書。クジラをよく観察している。
→中国語で「倒戟」と呼ばれていたことを認識している。
・1764年『鯨記』
嘉惣次(『鯨記』の著者)が見たところ、シャチはクジラの下顎を食い破るものである。形は鯉に似て猛威の魚である。
嘉惣次が対馬の茂戸浦でクジラを突いた時、シャチが20余り群れ来た。クジラが海底に入ると、尾や背を噛むので、クジラは恐れて沈むことができない。故に(人間は)クジラを獲りやすくなり、生きながら浅瀬まで引き来たところ、シャチは猶離れずその様子を見ている。シャチに銛を3本突き立ててもビクともせず、ようやくにしてシャチを突き取った。油を煎って三樽になった。肉は臭みがあり食べる者はいない。
→クジラ漁におけるシャチの存在がよく分かる史料。著者が実際の体験に基づいて記していることも特徴的。シャチがクジラを弱らせることで、人間はそのクジラを安易に獲ることができる。
→シャチの利用法を明記している。油が採れるが、その肉は食用には向かない。
・1804年『雷公薬性解撰次』
食用の魚ではない。大東東海北海間の海に見られる。性格は凶暴。漁師はあえてこれを獲ろうとはしない。その死体が海浜に流れ着いていることがある。これは鰐の種類か。
→ここでの「鰐」が、サメかワニか何を指すのかは不明だが、『壱岐国風土記』の史料を検討する上で参考になる記述である。
・1804~1830年『鯨史稿』
南海では「サカマタ」、西海では「タカマツ」、一名には「シャチ」、能登では「オキノカンヌシ」、大和本草では「クロトンボウ」と呼ばれる。
他のクジラと異なるのは、潮を二筋に吹くと云い、俗にシャチホコと呼ぶ。
クジラはこれを恐れている。シャチに噛み破られて傷を負い力尽きたクジラが漁師に獲られることがある。これを俗にシャチカケと云う。長さ四尋のシャチで油が凡そ5,6樽採れる。貝原益軒が云うには、伊勢の海に居り、気性が激しい。一切の大魚を咬み食らう。油が多い。(紀州鯨図異本より)
私(『鯨史稿』の著者)が平戸の生月島にて捕鯨を見た時、クジラが立ち上がり潮を吹くのを見た漁師が「これはタカマツ(シャチの異名)がクジラに付いている」と云うのを聞いた。クジラに付く時は、頬の辺りに磨り付く。これによりクジラは痒さのあまり立ち上がり口を開く。そこをタカマツは直ちに舌に噛み付きクジラを殺してしまう。クジラはタカマツのみ恐れる。
人の意のままにならず、捕ることができない。
→地域でシャチの呼び方が異なることを明記している。
→シャチがクジラを襲う例を著者の実体験を以って記す。
・1853年『尾張名所図会』
文化12年(1815年)に熱田の海で名前の分からないクジラが揚がる。
→上記の文が図と一緒に載せられる。アイパッチと背ビレはもちろん、全体を見るに明らかにシャチである。
→「シャチ」が一般的に知られていなかったことが分かる。
・1868~1912年?『鯨族大要』
性格は獰猛で俗に「海狼」と称する。
鋭い歯で鯨属を襲い、大きなセミクジラさえシャチに及ばない。
あまり美味ではない。
古老の話によると、シャチはよく群れを成していて、クジラに出会うとすぐ襲撃する。クジラの腰の辺りを噛み、クジラが口を開いて荒れ狂ったところに、他のシャチが口の中に飛び入って舌を噛み切り殺してしまう。時々、大きなクジラでシャチに噛み殺されて肉の処々を食われたものを見ることがあるという。
・1884年『水族志』
クジラに付いてその口を噛み切り、身体のあちこちに穴を空けて殺してしまう。
・1886年『言海』※国語辞典
クジラの喉に飛び入って、クジラを殺す。これを「シャチキリ」という。
シャチホコとも呼ぶのは、背に矛のようなタテガミがあり、それが尾に繋がるからである。名古屋城の金のシャチホコはこのシャチに模ったものだろう。
→シャチホコのモデルをシャチと見ている。
・1910年『明治期日本捕鯨誌』
シャチはクジラの大敵である。
(著者が)シャチがセミクジラを虐めて殺してしまったのを見たことがある。
背ビレが後方に向かい剣を逆さまにした様に立っているので、俗に逆戟(サカマタ)という。
(著者が)シャチ3頭がセミクジラを虐めているのを見た。ジャンプをして背ビレを上から叩き落し、弱ったところを3頭が力を合わせて口を開け、舌を抜いた。そんな悪戯をしてシャチは去ってしまう。単にクジラと喧嘩をしてまわるのが目的らしい。
シャチの肉は臭気があり食用にはならない。歯は堅いので彫り物に使う。
ある時胃の中を解剖したところ、イルカ13頭分とオットセイ14頭分を飲んでいた。
→著者の実体験を以ってシャチの獰猛さが語られる。が、胃の解剖の件は非現実的な数値である。
・1942年『海に生きるもの』
「しゃちほこ」は「背八千矛(せやちほこ)」の意味か。火災を払うとして、城門、櫓などの棟端の装飾物に象られる。その獰猛さは「鯨に鯱」という諺ができるほど。「鯱」の字は海の虎という意味か。
本朝食鑑をはじめ、鯨の見分覚書の中でもシャチキリ戦法の類の記事はよく散見される。

◆まとめ◆
以上、ここではシャチに関する史料をできる限り挙げて並べた。
時系列に見ていくと、
・クジラを魚類ではないと見分けたのは1760年の『鯨志』であるが、以後もクジラを魚と同類として扱う史料が多数ある。シャチに関しては、そもそも「クジラの一種だろう」くらいの認識しかされていない場合がある(1853年『尾張名所図会』)。
・シャチの性格が獰猛で、クジラを襲うのは昔から有名な話。特に捕鯨に携わる人間からは、その習性が実体験を以って語られる。
・「シャチ」の語源と由来は史料によって解釈が様々であり、ハッキリしない。「シャチホコ」の由来も然り。
…ということが分かる。
気をつけておきたいのは、上記の史料の中ではシャチとクジラが混同されているものがあるだろうし、クジラと魚の違いについても、「魚」をどう捉えていたかによって結論が異なる。更なる史料の検討が求められるだろう。
ここでは述べられなかったが、クジラが浜に上がるのはシャチがその沿岸に住む人々にもたらした恩恵だという考え方があり、シャチを神として祀る地域がある。これは私の調べた中ではアイヌ民族、石川県宇出津町の話である。

まだまだ、シャチと日本人の関わりについては分からないことがたくさんある。続けて調べていきたい。

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