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2015/06/08

木曜5限概論発表

2回生の白水です。今回の概論は「百鬼夜行と付喪神」で発表しました。

1.はじめに
私が妖怪に興味を持ったのは、高3の時の関大のオープンキャンパスであった。その際に日本史・文化遺産学専修の原田教授の天狗についてのミニ講義を受けたのがきっかけである。私は妖怪の中でも付喪神に興味があるのだが、その付喪神といえば「百鬼夜行」が有名である。その百鬼夜行が平安時代と室町時代では内容が違うということを知り、今回説話と絵巻から概要を調べた。

百鬼夜行…人間とは異なる鬼が、市中を夜半に徘徊すること。
     →後に鬼の群れそのものを意味するようになる。
       平安時代の終わりから見られた。発生場所は不明。
       百鬼夜行は「夜行日」という特別な日に起こるとされていた。

【百鬼夜行という言葉】
・中国で使われていたわけではなく、「百鬼」と「夜行」との合成で出来たのだろうと推測されている。
→「夜行」には夜警役と夜歩きという二つの意味がある。百鬼夜行は夜歩きするという特性に着目されたため、「夜行」という語が使われたのだろう。
・『今昔物語集』巻13-42では、出てこない。
→藤原常行の父母が「夜行」というものを恐れているとしか書かれていない。

付喪神…はじめは九十九髪と書いて「つくもがみ」と読み、白髪の老婆を意味していた。その後、転じて古くなった道具や器物をも指す「付喪神」となった。また、器物には霊魂があるとされ、器物は百年経つとつくも神となって人心を惑わすとされた。

2.説話・御伽草子に見る百鬼夜行
・平安時代というのは、神道、仏教、陰陽道がまじりあった時代。本地垂迹説(神仏習合)が進み、平安中期には日本独自の文化が栄え、平安末期には『鳥獣戯画』が作成された。

鬼関係の説話が収録されている本…『日本霊異記』、『今昔物語集』、『宇治拾遺物語』、
『古今著聞集』、『付喪神記』など

①『今昔物語集』について
『今昔物語集』…平安時代末期に成立。撰者の名前、執筆の日付は不明。
           インド、中国、日本の多様な説話が収録されている説話集。全31巻、うち8・18・21巻は欠けている。

○巻13-42「尊称陀羅尼の験力によりて鬼の難を遁(のが)るる語(こと)」
・この話は藤原常行が京の東に住む恋人のもとへ夜中に向かう際に、百鬼夜行に遭遇するという内容。この時、百鬼夜行に遭遇したのは二条大路。
・常行は向かいから多くの人の気配と火の灯りが見え貴人が通ると思い、神泉苑に隠れていた。この時、門の外を過ぎて行ったのは「人にはあらで鬼共なりけり」であった。
・常行は鬼に見つかってしまうが、常行の乳母が尊称陀羅尼を書いた護符を着物の襟に縫い付けていたおかげで助かる。
→この説話は尊称陀羅尼経の功徳を説くもの。

○巻16-32「隠形の男、六角堂の観音の助けによりて身を顕わす語(こと)」
・六角堂の観音を信仰している男が、12月の晦日の夜に知人の家から帰る途中に、百鬼夜行に遭遇し、姿が見えなくなってしまうという内容。
・男が歩いていると、向かいから多くの人が火を灯してやって来るのが見え、男は内裏を退出した貴人だと思い、橋の下に立ち隠れた。
→橋を見上げると、橋を渡る一行は「人にはあらずして、怖げなる鬼共」だった。
・男は鬼に唾を吐きかけられたため、姿が普通の人には見えなくなってしまうが、六角堂の観音の助けにより姿が見えるようになる。
→この説話は頂法寺の六角堂の観音の功徳を説くもの。

⇒波線部で示したように、『今昔物語集』では火と音という2つの要素が百鬼夜行にみられる。その他の説話では、人馬の音によって知覚される怪異が多い。

②『付喪神記』
『付喪神記』…室町時代ころ成立したとされるお伽草紙。詳細は不明。
・ある家の煤払いの際に路傍に捨てられた古道具たちが寄り集まり、造化の神の力によって節分の日に付喪神となる。ある者は男女老若、ある者は魑魅(ちみ)悪鬼の姿、ある者は狐などの動物などの姿になった。
・造化の神を祀った神社を建て神主や巫女を置き、この神を変化大明神とし、その祭礼は卯月五日に行われた。
・祭礼の日の真夜中に一条大路を東に向かって行列は進んだ。この時に関白が一条大路を西へ向かって達智門から参内しようとしており、関白一行は百鬼夜行に遭遇した。
→関白が身に着けていたお守りが火炎をあげ、その火炎は百鬼夜行に襲い掛かり、妖怪たちは逃げ去った。
・これまでの悪行を悔い改めて付喪神たちは、剃髪染衣の姿となって仏教修行に励み、その結果、彼らもまた成仏する事が出来た。

『今昔物語集』
巻13-42…市中を徘徊する「恐ろし気なる形」の「鬼」
巻16-32…市中を徘徊する「目一つ有る鬼も有り、或いは角生えたるも有り。或いは手数(あま)た有るも有り。或いは足一つして踊るも有り。」
☆平安時代の人々は百鬼夜行に対して多くの「鬼」が行列するというイメージを持っていたことが分かる。

『付喪神記』…その名の通り器物の妖怪が主に描かれているが、この器物の妖怪も行列をしている。鬼を主体とする異形の者たちが、夜中に大路を歩いている為、これもまた百鬼夜行である。

☆道具はすぐに鬼に変身するのではなく、道具に目鼻や手足がつき、徐々に道具の性格を失っていって、やがて完全な鬼になるというように描かれている。

3.絵巻に見る百鬼夜行
『百鬼夜行絵巻』…夜中に妖怪が行列をするのを描いたもの。
行列の内容としては、鬼や付喪神、動物変化などである。
しかし、これらの中では鬼ではなく、付喪神が多く描かれている。

代表的なものとして『百鬼夜行絵巻』真珠庵本がよく取り上げられる。
しかし、それ以外にも『百鬼夜行絵巻』は多く存在する。

≪その他の百鬼夜行絵巻≫
・『付喪神記』崇福寺本
・『付喪神記』西尾図書館本
・『百鬼夜行絵巻』東京博物館本(摸本、異本)
・『百鬼夜行絵巻』大阪市立美術館本

≪江戸時代の百鬼夜行に関する絵≫
・『画図百鬼夜行』鳥山石燕 
・『画図百器徒然袋』鳥山石燕
・『暁斎百鬼画談』河鍋(かわなべ)暁(きょう)斎(さい)
 など

①『付喪神』と『百鬼夜行絵巻』の違い
・『付喪神記』―2系統の絵巻がある。
崇福寺本…祭礼部分がない。
西尾図書館本…不必要に思われるほど長々しく祭礼行列の図を描く。
→この祭礼行列の部分を抜き出したのが『百鬼夜行絵巻』の原型ではないかという意見もある。

・百鬼夜行絵巻
≪真珠庵本≫
・土佐派の土佐光信の作とされている。
・詞書(本文)なし。欠落したのではなく、当初からなかった。
 →『付喪神記』の行列の部分だけを抜粋して作られたためと推測されている。
・開巻、妖怪が夜になって行列を組んで繰り出し、巻末には真っ赤な球体が描かれ、妖怪はそれに気づき逃げ戻っている。
・詞書がないため、後世の絵師たちの想像力を刺激し、転写本や改編本が多い。

☆その他に残っている『百鬼夜行絵巻』の祖本という位置づけがなされている。
そのため、『百鬼夜行絵巻』の話をする際には必ず取り上げられる。

≪東博本≫
・東博本には摸本と異本がある。
  ・摸本…真珠庵本の内容と酷似している。
  ・異本…真珠庵本より祭礼行列を色濃く残している。絵巻の中には真珠庵本や摸本に見られない、牛車に乗った妖怪なども描かれている。
※これ以降、東博本 摸本を「東博本」と記す。

『百鬼夜行絵巻』の伝本のほとんどは、真珠庵本の写しと考えられている。
→しかしそれ以外に少数ではあるが、内容や構図がまったく異なる別本や異本と呼ばれるものもある。
→異本の存在は、室町時代に真珠庵本とは違った種類の『百鬼夜行絵巻』があったことを物語っている。

⇒上記の絵巻に描かれた百鬼夜行のありさまは『今昔物語集』などの百鬼夜行と同一ではなく、付喪神という名で知られた器物の  妖怪たちである。
⇒室町時代には百鬼夜行=付喪神の行列という認識になっている。

②「真珠庵本」と「東博本」の相違点
≪冒頭部分の違い≫ 
真珠庵本…二匹の妖怪が走って来る場面。
東博本…現存する画面では妖怪が散り散りに登場しては左方向(絵巻の展開する方向)へ向かう場面から。真珠庵本にはない独自の部分。
→東博本と比べると、真珠庵本はまとまりがある。
東博本の始まり方より、真珠庵本の方がスピード感がある。また、東博本より描かれている妖怪たちが整然と並んでいる為である。
⇒真珠庵本は祖本ではなく、何かを参考にし、まとめたものだと考えられている。

≪末尾部分の違い≫
真珠庵本…火炎を吹く太陽に迫られ、妖怪たちは逃げだす
東博本…何かの影に怯え、逃げだす
→東博本の、影に追われる部分は、真珠庵本では見られない。
この影が一体何なのかは不明である。

⇒絵巻では、最初は古道具であった物たちが、妖怪化して、なお器物の属性を体の一部分にとどめる、「つくも神」になり、さらに遊戯に講じている場面になると、その器物的特徴も失せていき、鬼や奇怪な動物へとすっかり変化してしまっているのが、段階的に示されている。

4.まとめ
百鬼夜行には人間の怨霊や動物の怨霊、道具の怨霊も含まれていた。こうした怨霊たちは、病気の原因とされることが多かった。
しかし、その後貨幣経済が発達し、江戸時代には、妖怪は娯楽の題材となっていった。
『百鬼夜行絵巻』は近世後期頃から再び浮世絵師たちの注目を集めるようになった。しかし、この時はたんに器物から鬼への移行過程の一段階である、器物の属性をとどめた妖怪の面白さが興味を引いたのであり、その背景となっていた鬼信仰へは関心はあまり注がれなくなった。
平安時代~鎌倉時代の説話に見られる百鬼夜行では「鬼」に対する意識が高かった。しかし、室町時代以降の絵巻に見られる百鬼夜行では道具の化け物である「付喪神」が主に登場していった。
このことから、日本人が古来より恐れる鬼はその時代によってイメージが異なることがわかる。

5.おわりに
今回ずっと気になっていた百鬼夜行について調べることができてよかった。
しかし、説話と絵巻の両方を見たため、内容があまりまとまらなかった。また、説話や絵巻の成立した時代背景や宗教なども深く調べる事が出来ず、全体的に内容の薄いものとなってしまった。次はその点に留意しながら、また調べたい。

6.参考文献
・池上洵一『新版 今昔物語集 本朝部下』岩波書店(2001年)
・小松和彦『日本妖怪異聞録』講談社学術文庫 (2008年〈初出1992年〉)
・小松和彦『妖怪学の基礎知識』角川選書(2011年) 
・澁澤龍彦『思考の紋章学』河出書房新社(1985年)
・田中貴子『百鬼夜行の見える都市』新曜社(1994年)
・田中貴子 他『図説 百鬼夜行絵巻をよむ』河出書房(2007年)

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